雑賀孫八参戦記
はじめたキッカケ


それは、2004年7月24日からはじまった!
そう大阪城甲冑教室に通いだしてから・・

いや!
もっとさかのぼれば「ダンボールで出来ている」と紙甲冑のことを知ってから・・
それは、梵天丸放浪記の梵天丸さんのひと言だった。
梵天丸 - 2004/04/29(Thu) 21:32

そして、横須賀開国甲冑隊の方です〜♪
去年の石和同志の方が出ているので、
ちょっと追っかけてみました。
この甲冑は、何と、手作りなのです。

うん?手作り・・甲冑を手作りできるのか(゚▽゚*)ニパッ♪
よく聞けばダンボールと革で出来ているとのこと
何も知らない人が見ても全然気づかないくらいのできだとか・・

早速、手作りで雑賀衆の再現を模索することになりました。
そもそも雑賀衆再現への思いは、昨年にさかのぼります。

昨年8月23日に"まごりん&ヤタっち"というキャラクターが誕生しました。
素晴らしいキャラクターがあっても雑賀衆自体が知られていない現状が
ありました。雑賀衆については、知ってる方や通の方には、すごく憧れに
似たものがありますが、知らない人のほうが圧倒的に多いのが現状です。

雑賀衆の本拠の街であり雑賀鉢を作った街であることを
どうやってアピールしていくか・・

新撰組と聞けば誰でもが新撰組の姿が頭に浮かぶ
雑賀衆と聞いてその姿が浮かぶ人はまずいないだろう・・
秀吉が紀州征圧の拠点とした伝法橋など地名にわずかに名残りが、
残っている程度で、かつて紀ノ川河口付近で京や堺のように栄えた
という紀伊湊の名残もなく、織田信長が攻めてきた時に雑賀衆が拠点
として戦った城もほとんど残っていない。

どうやって雑賀衆を知ってもらうか・・雑賀衆の再現しかないのだが・・
でも費用がかかりすぎる・・そう思っていた時でした。

ダンボールでも本物に近いものができるのであれば・・
雑賀衆の再現ができるかもしれないと喜び勇んで、あちこち検索して
調べました。

うさぎ塾のページを見たり、後にお知り合いになるanne猫さんや
一海さんの甲冑教室体験ページをプリントアウトしたりして
商店街の役員さんと作れないかと相談していました。
そして、最終的に大阪府下在住の大阪城甲冑教室の講師をされている
河井計実先生という方に行きついたのでした。

早速連絡していろいろご相談しました。メールでも質問しました。
いま思えばいきなりの質問が「鉄錆地の質感が出せるか?」だったの
ですが、工作が苦手な自分が目的遂行に頭が行っていたんでしょう・・
エライとこから聞いたもんですね。滝汗もんです(^_^;)

それで・・一度お会いして雑賀衆の再現と手作り甲冑についてお話を
聞く事になりました。和歌山市立博物館に展示されている雑賀兜鉢も
河井先生は、ご覧になりたいとのことでした。5月21日のことでした。

お持ちいただいた甲冑を着て約100軒の加盟店
がある商店街を歩きました。厚紙とダンボールで
出来ているんだけど、このように孫市の街委員会
で雑賀衆を再現したいのです・・・と説明して周
りました。一緒に周ってくださいました河井先生
ありがとうございましたm(__)m
  3年間本願寺本山があった鷺森別院で(撮影:河井計実先生)

河井先生には、市立博物館で雑賀鉢を見て
いただいたり、雑賀鉢専門の学芸員である
太田宏一さんに会っていただきました。F
RPで雑賀鉢を作成する難しい問題点など
ご指摘いただきました。

それでまずは・・7月8月の第3回大阪城
甲冑教室に通って8月の商店街のイベント
までに一体だけでも完成させることになり
ました。

河井先生と手作り甲冑、和歌山市立博物館学芸員応接室にて


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